[目尻でしばる涙は]最近聴いたCD201802[また誰かに振られた合図]
Starcrawler - Starcrawler
ラフトレードが魅了され飛びついたロサンゼルスのニューカマー・スタークローラー。
イギー・ポップとパティ・スミスとヤーヤーヤーズのカレンを足して3で割ったような女ボーカル、アロウ・デ・ワイルドから湧きだすロックのでたらめな説得力。ビートキープもバランスも知ったこっちゃないいびつでストレートなのにスケール感だけはアホみたいにあるギターサウンドはまるでガンズの1stを聴いてるよう。
有名ロックフェスを見渡すとベテランばかり。若手バンドがいても軒並みメロウで伏し目がちなやつらばかり。各音楽誌のチャートにいたってはロックバンド自体がほぼ皆無。そんなロック不遇の現在、リスナーの目をガツンと覚まさせてくれるような骨のあるやつらが久しぶりに登場したのは嬉しい限り。
東郷清丸 - 2兆円
各所で激推し横浜出身のSSW東郷清丸1st。安っぽいジャケット、ユニークな曲タイトル、CD2枚組60曲(本編DISC Aは全9曲)という収録内容、すべてにおいて人を食ったような印象だけど、忌野清志郎や佐藤伸治のように優しくてすうーっとのびる声で歌われるそれらの歌は、コンパクトで軽やかながら心が締め付けられるフレーズがたくさんあって聴き逃せない。
その優しくてすうーっとのびる声で歌われるんだから、同世代のシティポップマナーに忠実なバンドたち同様、とても心地よいものになるはずなんだけど、よく聴くと一抹のおさまりの悪さというか気持ち悪さというか舌ざわりの悪さというか、なんかそういう「流れずに引っかかる」感覚がこのアルバムに病みつきになっているポイントなのかもしれない。
民謡クルセイダーズ - エコーズ・オブ・ジャパン
民謡にラテン、アフロビート、クンビア、その他もろもろの辺境音楽を掛け合わせたスタイルが各所で話題すぎて、なぜかライ・クーダーにまで届いてしまった民謡クルセイダース、待望のアルバムリリース。ミックス内田直之。うおお。
民謡xワールドミュージックを軸としたバンドはこれまでもたくさんあったはずだけど、村上龍のキューバ音楽への傾倒なんかに代表される「日本におけるワールドミュージックのノーブル感」が皆無でもっとザラっとした感じがこのグループのストロングポイントなんじゃないかと思う。調べてみたらギタリスト田中克海は福生米軍ハウス出身。なんか納得。
そして大御所Central67/木村豊によるジャケが最高にいい。これはアナログで欲しくなる(帯もついててほしい)。
Dinosaur Jr - Bug
説明不要、ダイナソーJrの3rd。リリースから今年で30周年なんだそうだ。
このアルバムリリース後、ルー・バーロウは脱退しセバドーの活動に専念するのでJマスキス、ルー、マーフという黄金の3人による最後のアルバム(現在は再び3人で活動中)で、いわゆるオルタナ/グランジブームはこの次のアルバム"Green Mind(1991)"で直撃することになるんだけど、ソニック・ユースに代表されるノイジーなガレージロック、ハスカー・ドゥのようなハードコアパンク、ニールヤングのようなブルージーな要素、アメリカのルーツフォークミュージックetc.がいい塩梅に混ざりあったこのアルバムが、バンドのベーシックな部分として現在も根付いているんじゃないかと思う。
主に酒の席で繰り広げられる「オルタナとグランジの違い」という議題があって、話すと長くなるんだけど「オルタナ(≒カウンターカルチャー)の一部分がグランジ」という説明が今まで聴いた中で一番優等生の答えで。
でもそれもあまりに曖昧で、もっとしっくりいく説明が出来ないものか・・・と、いまだに解を導けない俺だけど、うっすらと思っているチェックポイントみたいなものはいくつかあって。
その中の一つとしてあるのが「キュアー好きなバンドはだいたいオルタナ」という仮説。アティテュードは近いものの、オルタナとグランジとは"美意識"に対して深い溝があるんじゃないかな、と思っている。
その点、「Just Like Heaven」のカバーをやるくらいだからダイナソーJrは当然オルタナ。今んところこれが一番高得点の解答。